私の祖父は、お坊さんではないですが、あるお寺で修行をし、財産を投げ出し村のために尽くしたということです。その影響から、私の両親もとある宗教に入信して、会員のお世話をするほどでした。私は、そんな宗教的な家庭環境に育ちました。
宗教的環境に反発
こうして私は、赤ん坊のころから母におんぶされ、また成長すれば青年部のリーダーとして道場に通い、「社会のために」という生きがいを求め、毎日を過ごしてきました。会員の皆さんと日々集い合う会合は、とても楽しいものでした。
しかし、人から悩みを相談されても、苦労知らずの私には、人の気持ちも痛みも分かるはずはありません。こんな私に人を救うことなどできるはずもない、そして幹部だった母親が私のためにすべてお膳立てをしてくれたそのレールの上を、親の意のまま進んでいるようでは人と共感することもできないと、親の深い思いも知らず反発をするようになっていきました。そうして、その宗教活動から離れていきました。
その後は、独断で自己中心的な行動をし、あるときは親が夜も眠れなくなるほどに心配をかけたこともありました。
仕事を辞め、北海道に渡って
私は学校を卒業し、一流企業に就職したのですが、ある日突然、相談もせずに3年で会社を辞めてしまいました。
その後は、収入も不安定な英語の百科事典のセールスをしたのですが続かず、3ヶ月で辞めてしまいました。
それから、北海道の大自然に憧れ、親の大反対を押し切って、単身で渡りました。 北海道では、熊の出る唯阿寒岳という山に一人で登り、遭難しかけたこともありました。そんな一方で、旅行中にはアルバイトを探し、牧場で牛の世話や畑仕事を3ヶ月間やりました。こうして、私は北海道の大自然を満喫し、とても楽しい時間を過ごして帰ることができました。
何をやっても改善しない心身の不調
しかし、その間、楽しかったはずなのですが、知らない土地で慣れない生活に疲れが出たのか、神経が疲れやすく、人と一緒にいると目の前がチラチラしたり、周りの人に必要以上に干渉されたりするような気がし、どう対応して良いか分からず極度に緊張してしまうのです。喉から心臓が飛び出すようで苦しくてつらくなってしまいました。けれど、病院に行っても病気ではないと言われるのです。
そこで私は、以前の宗教に戻り、先輩に相談してみました。しかし、さまざまなアドバイスをもらったものの、魂にぴんと来るものもありませんでした。 私は、何とかしようとすればするほど、どうにもならなくなっていました。
明るく行動力があり活発だった私が、だんだん引っ込み思案になり、希望の持てない日々を過ごすようになっていました。
結婚後も人と触れ合うと不安に
けれど、こんなわがままな私でも、ご縁があり結婚が決まりました。主人に仕え、両親、義姉のお世話を喜んで人のために身を粉にして働く場を与えていただいたのです。 主人の年老いた頑固な両親や、病弱でわがままな義姉のお世話は楽ではありませんでした。しかし、主人の両親、そして義姉を喜ばせてあげたい一心でしたので、お世話させていただけることが、私をいきいきとよみがえらせてくれました。
私はこうして一見明るく元気になったのですが、悩みを抱えていました。世間に出て生き抜く自信は持てないままで、人と触れ合うことに大変不安になってしまい、心臓が苦しくなってくるのです。道を歩いていて、人とすれ違うことも嫌になるほど、人との交流が煩わしくなっていました。 幼いころから教え込まれていた宗教的な生活は、純粋に一生懸命やっていましたが、この苦しみから抜け出すことができませんでした。本当の救いには至らなかったのです。
人が変わったようにのびやかで積極的に
そんなときに大自然の法則に出会ったのです。これは私にとって衝撃的なことでした。 初めて参加した講演会で、天行力は直接私の感性に働きかけてきました。
私は講演の間中、魂を揺さぶられるような感激が続き、「来る所に来た。長年求め続けてきた真実はここにあった。先祖も喜んでいる!」と確信しました。 私はその日のうちに「頭を取る」過程を歩むの申し込みをしていました。
その過程では、閉鎖的にガードされていた私の内面に、一気に素直なおもいが込み上げ、これまでできなかった表現がのびのびとやれて、人に観いを向ける勇気がわいてくるのです。 とかく人の後ろに引っ込んでいた私は、人が変わったように伸びやかで積極的になれていました。
ただただ三法行を繰り返して
その後は、よろこびのまま願わず、求めず、ただただ三法行を繰り返し、地域の方々とともに実践する中で、いつの間にか今までのとらわれが消えていたのです。自然体で人と交流している自分に気付くことができました。
この「頭を取る」とは、自分にこだわる自分を捨てるということであり、そこから人のために生きるという、大自然の法則に沿った生活を実践するということです。 言い換えれば、「頭をもぎ取る=人のために生きる=大自然をつかさどる『天』に生かされている生き方=よろこび人生」ということです。
頭を取って問題が解決
私はそれまで一生懸命生きてきましたが、解決できないことがありました。それが、天と出会い、「頭を取る」ことで解決することができたのです。 それは「天」「天声」「天行力」で人類救済が行われているからです。
大宇宙の創造主である「天」、その「天」からの啓示である「天声」、その天声に基づき、天に出会った行者は、本来の人間に成るための行を繰り返します。 生命活性エネルギーである「天行力」は、人類救済を可能とする救済エネルギーです。これまで天行力によって多くの方が、人間本来のよろこびを取り戻されています。
喜んで仕事もできるように
私はこうして社会に出て、喜んで仕事もできるようになりました。 最近は、何かトラブルが起きても振り回されることがなくなり、職場の人たちが気持ちよく働けるよう気遣いする余裕も出てきました。その心根に上司も信頼してくれています。
私は実社会の中で、三法行と頭を取ることのすばらしさを自分の姿を通して証明していきたいとおもって実践を繰り返しています。 現在の世の中は、ストレスだらけの生活の中で問題をかかえている人も多いと思います。私が歩んだ体験を通して、一人でも多くの人によろこびの人生に目覚めていただきたいとおもっています。