私は公務員の両親の元に、3人きょうだいの末っ子として生まれ、一人っ子のように大事に育てられました。
ごく小さなころには、日中、母の実家に預けられ、一人で絵を描いたり、本を読んだりして過ごしました。その母方の祖父がやがて人生や書道の師になりました。
書の魂を伝授して逝った祖父
祖父は、詩吟や絵画、剣道、書道と、さまざまな日本文化に通じていました。幼いころ目にした、師匠と弟子が尊敬の念でつながり、向き合っている稽古場の姿は、今でも私の心に焼き付いています。
私が小学生になった、寒い冬のある日、祖父は書道を教えに私のところ来てくれました。初めて習う書道は、筆の持ち方から運び方、何とも言えない感覚で変わる筆の線……、とても味わい深いものがありました。
しかし、その祖父は、私に書の魂を伝授すると、数日後、眠っているときにスーッと流星のように旅立ってしまったのです。周りには、いつもお弟子さんや生徒さんが「先生、先生」と慕い集まっていた祖父でした。
成功後の挫折
その後、私は地元の書道教室に通って書を習うことになりました。冬は壁の隙間から雪が舞い込むわらぶき屋根の建物で、震えながら書いていました。いつも先生の来るのを玄関で待ち、先生が来ると、一緒に台ふきから始まり、帰りは最後まで残って後片付けをしました。
しかし、楽しんで始めた書道は、教育熱心な父により、成功に向けて厳しい鍛錬の道へと変わってしまったのです。名前の線一本乱れても書き直し。両親の期待に応えようとけなげに努力する中で、展覧会では毎年、特別賞に選出され、「すい星が現れた」と評価されました。高校時代には、文部大臣奨励賞に輝き、全国1位として新聞紙面を飾りました。
けれど、その成功が皮肉にもその道から離れる転換期になってしまったのです。やっと成功を手にし、とてもうれしかったのですが、その後の師範試験ではトップ争いで苦しくなってしまったのです。ものすごい挫折感を抱えてどん底に落ち、大学進学は止めてしまいました。
何をしても改善されない体調不良に
高校卒業後は、地元の会社に勤務しましたが、まったくよろこびが感じられず、仕事も人間関係もうまくいきません。半身の痛みやひどい肩こり、冷えなどの体調不良にも陥っていました。恋愛にも失敗しました。
体調不良は、どこの病院に行っても、さまざまな民間療法を試みてもはかばかしくなく、「どうしてこんなに一生懸命生きてきたのに……」と布団の中で泣いて過ごす日が続きました。
その中で、母は、困った時の神頼みと、拝み屋さん通いを始めました。ボロボロになりながらも娘を何とかしようとする母の姿を見た私は、母のために立ち上がらなくてはと思い始めました。
自然の法則に出会い、問題を問題としない私に
1冊の本を通じて自然の法則に出会ったのは、そんなある日のことでした。初めて体験した、願わず、求めずただただよろこびを書き写す「超写経」の感動は、今も忘れることができません。
1巻書いたときにあふれてきたのは、よろこびの涙でした。それ以来、法筆(ほうひつ)を含め三法行(さんぽうぎょう)の繰り返しをしているうちに、さまざまなこだわりが取れていったのです。自然体になっていき、気が付いたときには、私は問題を問題とせず、元気な心身を取り戻していました。
頭を取って、父への気持ちが変わり
また、父への憎しみも消え、両親に「生んでくれてありがとう」という感謝の気持ちが込み上げてくるようになったのです。目の前の現象は、生まれてこの方、生活の中で、人とのやりとりの中で無意識の中に刻んできた観(おも)いの結果だという法則を体得できました。
私は頭を取る過程を歩み終えると、自分をいかしてくれる人との出会いが多くなりました。私の変わった姿を見た両親も、頭を取って三法行を繰り返すようになりました。
私はその後、自然の法則に沿った24時間を送ることのできる1年間の過程も歩みました。その過程は、それまで個人プレーが多かった私にとって、その後を歩む大きな財産となりました。
遠ざかっていた書が天職に
地元に帰った私は、パワーアップした三法行を繰り返し、いくつかのプログラムに参加している中で、ずっと離れていた書を天職として生きることができるようになりました。
そこで書道教室を開いていた先生に出会ったことがきっかけです。人と争わない、比べない、よろこびいっぱいの教室は、書を通じてその人の魂を目覚めさせることにもつながる、それまで持っていた固定観念を覆すものでした。
私は、先生の教室の流れを受け継ぐ中で、地元の方に、ぜひ親子で参加できる書道教室を開いて欲しいと頼まれ、教室を開くようになりました。父母の皆さんの希望で、個性豊かな親子作品展も実現しています。
人のよろこびがわがよろこびだと思えるように
「一番でなくてもいい、人と比べて気にしなくてもいいよ。そのままのあなたがすてきだよ。精いっぱい自分らしさを出して、よろこびいっぱいで生きていこう」――そう思って子どもたちに接しています。
書道を通しての挫折、どん底から見えた一筋の光、それは、頭を取って、自分だけの幸せを求めるだけではなく、人のよろこびがわがよろこびだと思えるようになったから。ご縁のある方に、自然の法則に沿って歩める、このよろこびをお伝えせずにはおれません。