私が大自然の法則と出会ったのは、平成8年の5月のことでした。
当時の私は、世間で言う「まとも過ぎる人間」で、善悪にとてもこだわり、人を許すことができずに、人を責め、時には自分をも責め、とても苦しい人生を送っていました。
金銭トラブルに巻き込まれた両親のけんかが絶えず
また、夜もろくに寝ずに働いている両親の後ろ姿を見て育った私ですが、両親が周期的に巻き込まれる金銭的トラブルなどを見て、「あんなに努力しているのになぜ?」と思っては、大人社会の矛盾に不安を抱くようになっていました。当然のことながら両親の夫婦げんかも絶えませんでした。
夫婦げんか、両親との大げんかのあげく実家を飛び出し
「自分は両親のような夫婦にはなりたくない」と思って結婚したのですが、気が付くと同じことが繰り返されていました。
それでも、努力すれば報われるという言葉を信じて頑張ってはみたものの、歯を食いしばって頑張れば頑張るほど、事態はどんどん逆の方に流れていってしまうのです。お互いに相手の悪いところばかりに目がいくようになり、夫婦げんかも絶えません。
「こんなはずではない」と思いつつも心にポッカリあいた穴はお金や物では決して満たされることはありませんでした。
夢と希望の家になるはずであった2世帯住宅も、最後は両親との大げんかのあげく家内とともに実家を飛び出したときは、身も心もボロボロで、まさに八方塞がりの状態でした。
人生とは、幸せとは何かと思いあぐね
そんな中で私は、「人は何のために生まれてくるんだろう?」とか「幸せとは何か?」を考えるようになりました。書店の宗教コーナーの本を読みあさってはみるのですが、探し求めている解決策は書かれていません。
そんなとき、新聞広告で、大自然の法則を説いた法源法主さまのある本の広告が目にとまりました。
感動的な書籍との出会い
すぐさま書店に足を運び、本のページをめくってみますと、そこには私が探し求めていた解決策が書かれていたのです。
「これだ!」という感動の光が差し込み、私は書店で立ちつくしたまま一気に読み終えていました。本の最後には「すべて行(や)り終えて天の元へ還(かえ)って来い」とありましたが、訳も解(わか)らぬままうなずいている自分がありました。
「頭を取る」ことに賭けて
感動覚めやらぬまま、自然の法則についての本を7冊買ってきて時間がたつのも忘れて読みふけり、気が付くと朝になっていました。
自然の法則の本と出会う前は、生きることに疲れて「死ぬ」ことばかり考えておりましたので、この本に書かれていた通りに「頭を取る」過程を歩むことに賭け、「これでダメなら人生をやめよう」と決めていました。まさに、最後のチャンスだったのです。
体の奥底からよろこびとパワーがどんどん
頭が取れて天行力(てんぎょうりき)が体を貫いた瞬間は今も忘れません。体の奥底からよろこびとパワーがどんどん出てくるではありませんか。もう一人の本当の自分が誕生したのです。
こだわり、苦を刻む自分はなく、自分を人のために生かせるようになっていました。
頭が取れると、人生の再スタートを切り、三法行(さんぽうぎょう)を繰り返しながら、「人間は喜びの表現体」そのままを周囲に伝える毎日を送るようになりました。
大自然の法則に目覚める方が次々
24時間を大自然の法則に沿って歩む365日の繰り返しの後は、地元に帰って、会社を立ち上げました。「ユニヴェール(フランス語で宇宙の意味)」は、病気であれ、何であれどのような状況の方の相談にも対応できるようになりました。
こうして、仕事や日常生活で出会った方が、次々と自然の法則に沿った生活をするようになり、問題を必要としない人間に目覚めていきました。それは私にとってもこの上ないよろこびとなり、月日の経過とともに、それがより大きなものとなっていきました。
「今、最高」の生活が繰り返され
大自然の法則に出会って17年、今では「七観行」そのものの生活があります。一切の苦厄(くやく)を超越できて「今、最高」の生活が繰り返される……。これ以上の幸せはありません。大自然をつかさどる天と法主さまに本当に感謝です。
天・天声・天行力(てんぎょうりき)が事実だからこそ、今まで行者(ぎょうじゃ)として歩んでこられました。そして、お父さん、お母さん、私を支えてくれた家族や出会った皆さま、本当にありがとうございました。