私が生まれ育ったのは、日本海に面した自然豊かな所でした。中でも、小学校3年生で引っ越しするまで住んでいた所は、バスが朝・夕に1台ずつしか通らない山の中で、豊かな感性と野生味を育むことができました。
豊かな感性と野生味を育んで
そのころは毎日が幸せで楽しく、「私って世界で一番幸せじゃないかしら」と本気で思えたものです。子どもらしく夢見がちで空想を巡らせては、誰に教わるまでもなく、自然に合掌して「世界中の人が幸せになりますように」と大いなる〝何か〟にお願いしたものでした。
山の暮らしが不便だったために、家族が引っ越しをしたのは、私が小学校3年生になる春のことでした。私は今まで1クラス13人だったのが、一気に1クラス40人×5クラスのジャンボな学校に通うようになり、初めてのカルチャーショックを経験しました。道を走る車を見るのも初めてで、トラックが通るときは怖くて歩くことができなかったことを覚えています。
専門学校を出て仕事に就き
それから、中学校、高校と進み思春期に入りましたが、私は特別に目指す夢や仕事もなかったので、何となく専門学校に入り、そのままその関係の職に就きました。まだ若くて深く考えることもなく、特別な問題もなく、相変わらず夢見る少女で、家にも何も問題はないと思っていました。しかし、それは私が子どもだったからと、後で気付くことになるのです。
祖父と父の争い
今は亡き祖父は明治生まれの頑固な人で、お盆やお祭り、お正月など人が集まる席になるとお酒を飲んでは、必ずといっていいほど父とけんかを始めました。それは物心ついたときには始まっていて、最初のうちは私も特別疑問にも感じませんでしたが、成長とともに他の家族と比較できるようになってくると、「何か違うぞ」と思い始めていました。祖父と父のけんかは口げんかでは納まらず、取っ組み合い、罵倒から、時にはナイフで脅すといったこともあり、私たち幼いきょうだいには本当に怖いものでした。私と妹と弟は、震えながら部屋の隅で治まるのを待つしかありません。けんかは、私が20代になってもやむことなく繰り返されていて、私には親子なのになぜいがみあうのかが不可解でもありました。
父を哀れに思い
ある日、無口な父が私にぽろりと漏らしたことから、父は祖父には何も言えず抑えていたのがわかりました。父は、神経質でキレやすく扱いにくい人だと思っていたのですが、その背景には祖父との確執があり、実は幼いころ母親(祖母)が家を出ていってしまい、頑固な祖父に休みなく使われて育ったことでの愛情不足が父をあのようにさせてしまったのだとわかりました。父のその姿を見ながら育った私は、いつか父を楽にしてあげたい、何とか家族を良くしたいと漠然と思うようになっていました。
父の性格を受け継いで
おもしろいことに、父のゆがんだ性格、キレやすく頑固で神経質なところが、何と私にも弟にもしっかり伝わっていました。気がつけば、私はこだわりが強く、頑固で神経質、それでいて臆病な性格をしていて、それをどうすることもできないのです。頭ではわかっているのですが、人を許せず、悲観的で、それに年齢とともに余計な知識も加わって、毎日自分の理想通りの生活パターンをこなさないといけないといった脅迫観念にかられるようになっていました。例えば、あるべき理想の自分をシミュレーションし、いつもそうなっているか、ぐるぐるぐるぐる頭の中でチェックしているのです。仕事中もそうで、神経がボロボロになりそうで、ノイローゼのようでした。
計算ずくめでがんじがらめに
そんな私は、年ごろになると、太りたくないとカロリー計算をするようになり、一口30回かむとか、ビタミンAは一日2000グラム必要だからニンジンは1本、ビタミンCは一日50 ccだからミカン1個取るなどと、毎日が計算ずくめの戦いになってしまっていました。そんな努力の裏をかくかのように、ダイエットすればするほどリバウンドし、太ってしまったこともあります。今思えば馬鹿ばかしいのですが、あのころは必死でした。その一方、そんな自分の行動の矛盾に、どうしてこんなことになったのか、どうしたら抜け出せるのか、心の中で「助けてほしい」と叫んでいたのです。
「人は変われる」「家も変わる」
自然の法則に出会うことのできた今は、周囲から「天真らんまんだね」とか「いつも明るいね」「何も考えていないでしょう」と言われ、別人になったようです。人は変わらない、性格は変わらないと言われますが、問題の原因である「頭」を取ったことで生まれ変わり、「人は変われる」「家も変わる」ことをはっきりと確信したのです。それは、変わるというより長年に渡るその人、その家の癖を修正することで、本来ある姿に立ち返ることができるということだと思います。
男性との出会いを求めた結果が
20代は、葛藤しもんもんと悩んでいた私ですから、出会いもいまひとつでした。自分に自信がない私は、人との付き合いも苦手で、お付き合いする人もいませんでした。今ならわかりますが、出会いには「類の法則」があり、出会う人、周りにいる人たちは皆、自分の類なのです。天声で、「魅力がある人は魅力がある人と出会う」「力のある人は力のある人と出会う」とありますように、出会いはすべて自分に責任があります。
年ごろになってもお付き合いする人ができない私は、あせって職場の先輩の紹介で一人の男性と出会いました。その人は、全く私のタイプではなかったのですが、寂しかった私は心に引っかかりを感じたままお付き合いを始めたのものの、やはり楽しくはありませんでした。けれど、別れたいと言っても相手は納得してくれなかったため、ずるずると付き合い続け、相手の強い押しで、結婚の話になっていきました。
心がブルーでもやもやして
その間、私は何度も「何か違うから別れてほしい」とお願いしたのですが、全く聞き入れてもらえず、私は「こんなに私のことを思ってくれてるなら、もういいか……」という気持ちで話を進めてしまったのです。しかし、その間私の心は全くブルーで、雲がかかっているようにもやもやしていました。「誰のせいでもない。自分で決めたことなんだから」と毎日うつろな気持ちで、結婚が決まったのに顔から笑顔が消えていたのです。
けれど、この後、私は自分自身も予測のつかないことをやってのけるのです。それは、心の奥底にある観いが初めて飛び出した瞬間だったのかもしれません。結婚式に向け前日に出発しなければならなかったのですが、私は相手の男性が迎えにきたのに何の支度もする気になれず、魂を抜かれたような状態でベッドから抜け出すことができずにいました。そのとき、この世にただ一つの赤い糸でないことを、魂は100パーセントわかっていたのだと思います。
結婚式前日に婚約を破棄
そのときでした。父が、あまりにもおもしろくない顔をしてぐずぐずしている私を見て「おめえ、まさか結婚したくないって言うんじゃないだろうな」と言ったのです。私の本当の気持ちを見抜いた父の言葉に、私は驚きながらも、間髪いれずに「うん、しない」と吐いていました。自分でもビックリです。頭の中にはない言葉が、勝手に口から飛び出していたのです。大変な騒ぎになりました。「大変だ。本家に電話しろ」と父親の声が響いていました。不思議ですが、このとき、一度も父は私を踏みどどまらせようとはしなかったのです。
結婚は、家と家との徳と業のバランスが大切です。結婚が決まったとき、私は目の前に相手の家が大きな壁のように立ちはだかったのを覚えています。結婚とは、相手だけでなく、その家なのです。それを間違うと、とんでもないことになります。出会いが人生の大きな鍵を握っています。父親に助けられました。そのころの私は、結婚を前にしていた女性の姿とはほど遠く、外の景色も目に入らず、美しい音楽も耳には入ってきませんでした。自分は世界一不幸だと思いながら、カーテンを閉め切った部屋の中でオリの中のクマのようにうろうろ動き回っていたのです。
自然の法則に出会い、霧が晴れたように
この出来事の後、私は家を出てアパートを借り、迷惑をかけた相手の家族、自分の家族のために自分を捨てる気持ちで仕事に打ち込みました。それからほどなくして、私は新聞に載っていた「赤い糸」に関する法源法主さまの本をきっかけに、大自然の法則と出会い、問題の原因となっている「頭」を取りました。頭を取ると、法則に沿えなかったからくり――家の業、父から受け継いでいる人間の本体、観(おも)いの伝播による出会いの誤り……、すべてが霧が晴れたように見えてきました。
今や誰でも体験するような逃れようのない苦しみは、到底自分の頑張りや知識ではどうすることもできず、ましてやお金で解決することもできません。この世には大自然の法則があり、法則に沿った生活を繰り返すこと、問題の原因である「頭」を取り、人生仕上げに向かって前進していくことで、からんだ糸がほどけていくのです。自分だけではなく、大切な家族、家そのものを変えていけるのです。
天との出会いは、赤い糸に出会うためと今の出会いを修復するため
私の人生のしるべとなっている天声があります。
◎出会いの天声
人生で一番の幸福は天との出会いだ。
天と出会ったことは、奇跡を越えたことでもある。もう二度と出会えない。
天は法則そのものであり全てを教えてくれる。もっと天の法則に寄りなさい。
そして何でも聞きなさい。そして繰り返し行(や)りなさい。
人生で一番の苦は出会いの失敗から始まる。
家との出会い、親との出会いは法則が決める。
ところが男と女の出会いは本人その人が決める。
天との出会いは、赤い糸に出会うためと今の出会いを修復するためでもある。だから人間完成の出会いでもある。
男と女の出会いで失敗すると赤い糸はもっと遠ざかる。
出会いの成功は、人間生命体を進化させる出発点であり、その家の遺伝子復活に繋(つな)がる第一義の法則なり。
理想の男性と巡り会い
周りのいろいろな人に迷惑をかけたものですから、私は結婚はしない決心をしていましたが、頭を取って三法行(さんぽうぎょう)を繰り返しているうちに理想の男性と出会うことができ、その人と結婚して今年で14年になります。互いを人生仕上げに向かって歩める赤い糸夫婦となり、大自然の法則に沿って歩む中で、気が付けば、物事が全て順調に回っているのです。わがままで気難しい私のような者が、14年も幸せな結婚生活を続けられるのは奇跡です。法則に沿って歩むということは凄いことです。何年たっても親愛の念を抱く旦那さまと一緒にいられる幸せは、天と出会った私の宝ものです。
出会う人は自分の姿をそのまま現して
「素晴らしい自分であれば素晴らしい人と出会える。
パワーがあればパワーある人と出会う。魅力があれば魅力のある人と出会うことが出来る。観(おも)いが大きく徳が高ければ同じ人を引き寄せることが出来る。
人との出会いは“類は友を呼ぶ”という法則がある。出会う人は自分の姿をそのまま現している。
“人間はもともと人間法源である“と示されている。みんな素晴らしい人との出会いが出来る自分がある。どんなことがあっても観(おも)いを下げてはいけない。
何があっても天華十法(てんかじゅっぽう)を繰り返してみなさい。
顔に微笑みがあり側によるだけでたくましく力強さが伝わってくる人は握手しても温かく勢いがある。このような人間法源パワーがあれば必ず同じ人と出会える」
世界中の人たちの幸せを願って
三法行を繰り返し、家を整え、父も変わり、私の父へのおもいも見事に変わりました。頭を取っていなかったら、どうなっていたか考えるだけでゾッとします。今は常におもいがスッキリし、心にわだかまりがなくよろこびがわいてきます。世界中の人たちが皆幸せな人生を送っていただけるようにと願っています。