私は、誕生から小学校4年生までを関東で過ごしました。父は地方の老舗の店を継ぐ意志がなく、家を出て東京の会社に勤務をしていました。
一人息子、武道と書道の腕をみがき
一人息子の私は、父の勧めで小2から剣道を習い始め、書道とともにその後も続けました。大人しく寡黙で、大勢とよりは、一人で遊ぶのを好む子どもでした。言われて習い始めた武道でしたが、精神的に養われるものがあったと思います。
私が小学校4年生のとき、父が祖父の後を継ぐ決意をして郷里に帰ることになりました。
父の郷里に帰ると、学校では転校生で、都会の話し方をするからと、元気のよい子たちのいじめの対象になりました。中高と部活で剣道を続け、その先生の勧めで居合道も習うようになり、剣道二段、居合道二段、書道四段にまで腕をみがきました。思い返せば、繰り返しの力を身に付ける一歩だったようにも思います。
ボクサーを目指すも、挫折
高校卒業後は、地元の専修学校に勧められるままに進学しました。しかし、かつての父と同様、実家の店を継ぎたくない気持ちから、学校卒業後は、関西のお店に勤めました。
が、お店に勤めながら頭をもたげてきたのは、ボクサーになりたいという夢でした。家から離れていても、縛られているもやもやとした感じがあり、夢に向かって進んでみたいと思ったのです。就職して4年後、お店を辞めて、東京のジムに通うようになりました。
しかし、現実は甘くはありません。体力的にとても厳しく、続かないと思い知らされました。しばらくは、アルバイトをしながら歩むべき道を探りましたが、気持ちの整理がついて、帰省を決意しました。やるだけやったので、家の跡を継いでもいいという気持ちになっていたのです。
お店を任され、多忙な中で自律神経失調症に
両親は喜んで迎えてくれ、私はお店の若旦那として嘱望される中でのスタートを切りました。しかし、私はまた別の問題に見舞われることになります。私はまだ半人前だったのですが、多忙なお店を仕切らなければならない状況に突然置かれたのです。ストレスから次第に自律神経失調症を患うようになっていました。
病院を受診しても、症状に変化は見られません。ボクサーを目指していたころ、関心を持つようになった精神世界で解決方法を探ったりもしました。自作のピラミッドの中に入って宇宙パワーを受けようとしたり……。それも、期待したほどの効果はありませんでした。
「頭」を取って、病気を気にしない自分となって
しかし、問題がチャンスとなり、大自然の法則と出会うきっかけが訪れたのです。書店の精神世界のコーナー近くで目にとまったのは、自然の法則の書籍の数々でした。東京にいたときにシリーズの1冊を読んだことがありました。求めていたものはこれだと、続けて数冊を読み、戻りはがきを数枚送りました。
すぐに、著者の法源法主さまにお目に掛かり、問題の原因となる「頭」を取る過程を歩みました。27歳の時のことです。歓喜あふれる中で頭が取れると、病気を気にしない自分となり、三法行(さんぽうぎょう)の繰り返しとともに、健康そのものの生活を味わうようになっていきました。今の私の原点は、ここにあります。
人前で堂々と発表できるように
その後数年は、生まれてから今までのおもいと、家に流れているものを変える繰り返しをしながら、24時間、大自然の法則に沿って歩ませていただきました。
それまで、自分のことしかなかった私が、人のために身を粉にして動くことが身に付いたのは一番の収穫でした。人前で話すことができなかった私が、人間の本体である観(おも)いを存分に使えるようにもなり、堂々と話をしていました。
店の建て直しが肩に
その後は、地元に戻って家業の仕事に復帰しました。危機にさらされていた店の建て直しも、私の肩にかかっていました。父が人の誘いに乗って店の経営と並行して始めた事業に失敗し、店に多額の借金を残したまま、家を出てしまっていたのです。離婚と借金という二重の苦しみに耐えながら、祖母とともに店を守っていた母を私が支え、苦労を共に担うことになりました。大体の様子は聞いていたものの、家の大変な実情は、帰って初めてわかりました。母の苦労は並大抵のものではなかったと思います。
結婚後、自然の法則に沿って「赤い糸夫婦」に
半年後、私は共に三法行を行う女性と結婚しました。彼女はそれまでとまったく違う職業でしたが、私と一緒に歩んでくれるようになりました。
けれど、なにか食い違うところがあって、衝突することもたびたびあり、彼女も私もこのままではいけないと思い、人生仕上げに向かって互いを高めあうプログラムに二人で参加したのです。
大自然が一回転する365日後は、本当に不思議と、けんかをすることはまったくなくなり、大自然をつかさどる天が認めてくれた「赤い糸夫婦」だというおもいが日に日に強まっていきました。そこからは、それまでの歩みをばんかいするかのように夫婦二人三脚で勢いよく前進するようになりました。
三法行を共に実践する人が増え
こうした歩みの中で、苦労してきた母が三法行を始め、よろこびに目覚めたのです。親孝行ができ、本当に良かったと思いました。私たち夫婦の姿を見て、また話を聞いて、従業員や知人からも三法行を共に実践する方が次々誕生してきました。
お店では、自然の法則に触れ、三法行を体験するさまざまな活動が行われ、地域にとって欠かせぬ場となっています。
お店の売り上げも増え、客層も変わって
自然の法則に沿った毎日を歩む中で、お店はますます売り上げも増え、客層も変わってきました。借金は返済の途上ですが、苦にはならず、必要な設備投資も行って、着実に発展に向かっています。
これからも多くの皆さんが人間本来のよろこびの毎日を送ることができるように、夫婦で力を合わせていきたいと思います。多くの皆さまとご縁があり、自然の法則に沿って歩む手助けをさせていただけたらと思っております。